Merry Christmasである
特にクリスマスに思い入れはないのであるが、幼少のみぎり(笑)、両親がクリスチャンであったことから、イブの夜には教会から聖歌隊が家の前まで賛美歌を歌いにきてくれていた。
部屋の灯りを消して、クリスマスツリーの灯りと聖歌隊のろうそくの灯りだけで聞く賛美歌はなかなか美しいものがあった。
世の中、今ほど明るくもなく、きらびやかでもなかったので、よけいそう感じたのだろう。
最近は、ツリーも飾らなくなってしまった(汗) 玄関先にヒイラギを飾る程度。電飾なんぞは論外である。
クリスマスとは何の縁もないのであるが、昨日、「ダリ回顧展」を上野の森美術館まで見に行った。
やっぱり、本物はすごかった。飛び込んでくる。特に40年代後半から50年代にかけての作品には怖いぐらいのパワーを感じた。
ポップの原点なんだろうな。時代背景もそうなのだろうが、この原点からアレンジされたアイデアで世の中は成り立っている感じ。
そのオリジナルを目の当たりにできた感動はあるのだが、矛盾するようなことも感じた。
ポップな作品というのは、どんどんコピーされて配布されるべきではないのか。
作品自体が、もっと解放しろ、解き放て、と叫んでいるような気がしたのは、オレだけか?
さすがの人気で、入館を待つ長蛇の列。館内も同じく。人ごみにもまれながら、見る。それはそれで、仕方がないしいいのだが、同じ人に埋もれてみるのなら、町中の雑踏にまぎれて見たいと思った。
ある一定期間、都内各所に忽然とダリの絵が現れて、消える。運のいい人だけが、見られる。次に現れる場所を推理し、待ち伏せる。読みを間違えれば、見られない、なんてぇのはどう?(笑)


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